近年、教育の世界では「勉強ができる子」よりも「考える力のある子」が求められるようになっています。学校のテストで高得点を取ることは大切ですが、それだけではこれからの社会を生き抜く力にはなりません。AIの発展や変化の激しい時代において、“自分で課題を見つけ、考え、行動できる力”こそが本当の学力として注目されています。
文部科学省が提唱する「新しい学力観」でも、単なる知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力などの「学びを活かす力」が重視されています。この背景には、脳科学・心理学・教育経済学の多くの研究が、“考える力”の重要性を裏付けていることがあります。
では、なぜ「考える力のある子」が伸びるのか。その理由を科学的な根拠とともに紐解いていきましょう。
1. 「勉強ができる」と「考える力がある」は別物

多くの子どもが学校で「テストの点数=能力」と思いがちですが、実際にはそれだけでは将来の成功を予測できません。アメリカの心理学者ロバート・スタンバーグ(R.J. Sternberg, 1985)は、人間の知能を「分析的知能(academic intelligence)」と「創造的知能」「実践的知能」に分けて説明しました。テスト勉強で問われるのは前者のみですが、現実社会で成果を出すのは後者2つの力だと指摘しています。つまり、「勉強ができる子」は“与えられた問題を解く力”が高い一方で、「考える力がある子」は“問題そのものを見つける力”を持っています。この違いが、長期的な成長の差につながるのです。
2. 思考力を支えるのは「非認知能力」
近年の教育心理学では、「非認知能力(non-cognitive skills)」が注目されています。これは、知識やIQとは異なり、粘り強さ・自己制御・好奇心・協調性など、行動や態度の力を指します。スタンフォード大学の経済学者ジェームズ・ヘックマン(J.J. Heckman, 2011)は、長期追跡調査から「非認知能力の高さは学力よりも将来の収入や幸福度を予測する」と示しました。つまり、考える力・問題解決力を支えるのは、“知識”ではなく“心の姿勢”なのです。勉強だけで成果を出す子は、環境が変わると成果を出せなくなることがありますが、考える力のある子は変化に適応できます。これが“伸びる子”の根本的な理由です。

3. 脳科学が示す「考える力」を育む習慣

脳科学の観点からも、「考える力」が伸びるメカニズムは明確です。前頭前野(prefrontal cortex)は思考・計画・判断を司る部位で、経験の中での試行錯誤によって発達します(Diamond, 2013)。つまり、正解を教え込まれるよりも、自分で考え・失敗し・修正する過程こそが脳を育てるのです。東京大学大学院教育学研究科の市川伸一教授も、「考える力とは、知識を運用して課題に立ち向かう認知的スキル」であり、“覚える”より“使う”学びが重要だと述べています(市川, 2014)。
4. 「考える力」を育てるためにできること
では、どうすれば“考える力”を伸ばせるのでしょうか。研究では次の3つが有効だとされています。
1. 問いを立てる習慣をつける
→ 「なぜ?」「どうして?」を自分で問うことが、論理的思考の第一歩(Bloom, 1956)。
2. 多様な視点で考える練習をする
→ ディベートやディスカッションは、思考の柔軟性を高める(Kuhn, 1999)。
3. 結果よりもプロセスを評価する
→ 「うまくいった理由/いかなかった理由」を言語化することで、メタ認知が鍛えられる(Flavell, 1979)。

5. まとめ:「知識を超えて“考える力”が未来をつくる」
“勉強ができる”というのは、限られた場面での優秀さを示す一側面にすぎません。一方、“考える力がある”というのは、未知の問題に対しても学びながら適応できる力です。非認知能力や思考力の高さは、学歴や偏差値を超えて、人生の成功・幸福・創造性と強く結びついています。これからの社会で最も価値があるのは、「答えを知る力」ではなく「答えを生み出す力」です。

参考文献・出典
- Sternberg, R. J. (1985). Beyond IQ: A Triarchic Theory of Human Intelligence. Cambridge University Press.
- Heckman, J. J., & Kautz, T. (2011). Hard evidence on soft skills. Labour Economics, 19(4), 451–464.
- Diamond, A. (2013). Executive functions. Annual Review of Psychology, 64, 135–168.
- 市川伸一(2014)『考える力を育てる』岩波書店.
- Bloom, B. S. (1956). Taxonomy of Educational Objectives. Longman.
- Kuhn, D. (1999). A developmental model of critical thinking. Educational Researcher, 28(2), 16–25.
- Flavell, J. H. (1979). Metacognition and cognitive monitoring. American Psychologist, 34(10), 906–911.

